2006/04/10
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「松本清張の風の息・事故か!謀略か!もく星号三原山墜落の謎」 (1982年)

category - 土曜ワイド劇場
2006/ 04/ 10
                 
初回放送からちょうど三十年前(昭和27年4月10日)に、
大島三原山河口付近で日航機”もく星号”がバラバラになって発見された。





●3時間ドラマ
「松本清張の風の息・事故か!謀略か!
もく星号三原山墜落の謎」  1982年4月10日
原作: 松本清張  『風の息
脚本: 新藤兼人
音楽: 津島利章
監督: 貞永方久
制作: 松竹
出演: 栗原小巻、根津甚八、関根恵子、中谷一郎、中野誠也、
伊東達広、小林哲子、片山万由美、橋本功、可知靖之ほか



松本清張の風の息




朝鮮戦争さなかの昭和二十七年四月九日の朝、三十三人の乗客を乗せた
旅客機「もく星号」は小雨の中、羽田空港を飛び立った。
ところが、その二十分後、千葉県館山上空を通過した直後にぷっつりと消息を絶ってしまう。


当時日本の空は、ジョンソン基地と呼ばれた横田基地の米空軍の管轄下にあり、
米軍の管制指示のもとに飛行していた。


しかし、午後三時頃、同基地からもく星号は静岡県舞阪沖に不時着し、
乗員、乗客ともに全員無事に救出されたと発表があった。


乗客の中には八幡製鉄社長・三鬼隆や売れっ子漫談家の大辻司郎がいた。
発表を受けて当日の夕刊には「これで漫談のネタが増えたよ」という
大辻司郎の談話まで載せたものもあった。



ところが、翌日の四月十日午前八時すぎ、大島三原山の噴火口付近で
バラバラに散乱したもく星号の残骸が発見された。
生存者はゼロとわかる。



三原山の標高は二千四百フィートであり、もく星号がなぜ
決められた高度六千フィートを守らず低空を飛んでいたのかという調査がされる。


最終的には何らかの間接的な原因による操縦士のミスとして片付けられ
真相は闇に葬られた。


それから十三年の歳月が流れ、昭和四十年、事故発生当時に
社会部の記者だった論説委員の伊東豊(可知靖之)は、
俳句の会で、もく星号の遭難現場付近でダイヤのブローチを拾ったという
大学院生の小枝欣一(根津甚八)と知り合った。



松本清張の風の息



そのブローチは唯一の女性客・相善八重子(関根恵子)のものとみられた。


松本清張の風の息



さらに会に同席していた古本屋の主人・中浜宗介(袋正)から
もく星号のことを調べたと思われる痕跡がある古本を売りに来た女がいるという
情報を得て、欣一たちはもく星号事件を調査することになった。


欣一が行く先々にはまるで何かにとりつかれたようにもく星号事件を追う
広田佐紀子(栗原小巻)が現れる。


松本清張の風の息



彼女はもく星号のことを調べていた内縁の夫が不審な死を遂げたことから
事件に首をつっこむようになった。
しかし、単にそれだけではないようで謎が残った。



欣一らが調査をすすめるうちに、当時の関係者がみな原因不明の
死をとげていることがわかった。



やがて、佐紀子と欣一の身にも危険が迫る。








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