2006/06/14
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カッキーこと垣原賢人引退

category - 格闘技・プロレス
2006/ 06/ 14
                 
2006年5月28日新日本プロレスの後楽園ホール大会で、垣原賢人が金本浩二と5分間の引退試合を行なった。
垣原といえば『U系』の選手。テレビでの放送がなかったU系ですが、当時週刊誌でマメにチェックしてました。U系で私の記憶にあるのが第2次UWFから。垣原はその第2次UWFで1990年にプロレスデビューし、その後UWFが崩壊したことでUWFインターナショナルへ。Uインター最後の方では新日本プロレスとの対抗戦で活躍して”カッキー”人気がすごかった。同じUインターの田村潔司とは対極だったもんなぁ。1995年くらいだったでしょうか。あの頃は新日ファンだったのにカッキー応援してました。その垣原が若くして引退してしまった。

引退試合


Uインターが消滅するとキングダムを経て、全日本プロレスへ。全日本分裂騒動で一時はNOAHへ。その後全日、新日対抗戦を経て、2002年新日本プロレスに正式に入団。2003年にはベスト・オブ・ザ・スーパージュニアで優勝を果たしました。結局怪我続きで、去年古傷の首の負傷をしてしまい引退することに。

カッキー引退 金本浩二

5分間という短すぎる試合時間ではあるが、金本は「5分でオレを倒したらベルトをくれてやらぁ」とマイクを握った。濃密な5分間で、もっと二人の試合が見たいと思わせてくれた。引退試合ってことを忘れるくらいの技の応酬。カッキーカッターも出ました!

田村と宮戸 Uインター

引退試合にはUインター勢も多数訪れた。まるでPRIDEで引退した時の高田のときみたい。宮戸優光、安生洋二、田村潔司、高山善廣、金原弘光など。解説は山崎一夫だしねぇ。

UWFレガース タナ

引退試合では『UWF』の文字が入ったレガースを履いていた。見守る棚橋の目にも涙が・・・

リングには垣原の娘さんと息子さんがあがり、娘さんがパパへの手紙を読む。

垣原のコメント
「今日こんなに素晴らしい引退試合ができて、僕のプロレス人生ハッピーエンドだったと思います。長い間応援ありがとうございました。」その後最後の10カウント。そしてリングアナが垣原のコール、場内にテーマ曲が流れ、観客からは「カキハラ」コールが起こる。

引退した垣原の今後ですが、新団体旗揚げとの噂がありますね。これからもプロレスの世界で頑張って欲しいです。

            

先日SWSについて少し書きましたが、その時に古い週プロを発見。古い雑誌はそのほとんどを捨ててしまったのですが、少しは残っているので。平成4年11月10日発行のもの。表紙は「出てこいやぁ~!」の人。
高田KO


その当時はまさかふんどし姿になることは想像できないくらい、かっこいい人で通ってましたからね。当時は紫のショートタイツを着用してました。

高田対北尾

10月23日日本武道館での試合の模様がレポートされてました。高田延彦対北尾光司。『誰もが時間切れ引き分けを予想したが・・・』と書かれていた。この日はロングガウンではなくTシャツで入場した高田。ルールは3分5Rで3R46秒で高田のKO勝ち。

カッキー 垣原、宮戸

若かりし頃の垣原。まだ表情にあどけなさが残ってますね。ダブルバウト(懐かしい響き)で宮戸優光&垣原賢人vsゲイリー・オブライト&マーク・フレミング。垣原がフレミングにKO勝ち。

田村と山崎 高山

田村潔司は山崎一夫とのシングルバウト。田村が15分34秒・腕ひしぎ逆十字固めでギブアップ勝ち。
右はこれも若い頃の高山。髪の毛も黒いし短いし、今ほど顔がゆがんでません。その高山なんですが7/16のNOAHの日本武道館で復帰するみたいですね!

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