| 朝日新聞夕刊に瀧本誠の復帰戦 |
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◆ 格闘技・プロレス
米国の発砲事件といい、昨日の伊藤長崎市長銃撃の件といい、物騒な話題が続きますね。伊藤市長は撃たれてすぐ、心肺停止と報道されていたので難しいとは思ってたんですが、今朝起きたらやはり死亡したとの事。
長崎市長銃撃 口元から血流れ…救急隊員、懸命の救護
伊藤氏の娘婿、長崎市長選に立候補を表明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070418-00000111-yom-pol&kz=pol
こういうことは二度と起こって欲しくないですね。
さて、これらの事件も気になり先ほど昨日、今日の新聞を読んでいたところ、PRIDE.34での瀧本誠を取り上げた記事を見つけました。2007年4月17日(火)朝日新聞の夕刊のスポーツ欄から。

地上波が中止になってから最初の興行、無差別級GP2回戦(写真は吉田秀彦VSミルコ・クロコップ)や、その後もプロ格闘家としての吉田秀彦と柔道の関係など、朝日新聞は地味にPRIDE関連の記事をいくつか書いているんですよね。

こちらは無差別級2回戦の朝日新聞の記事です。
■滝本、柔道着脱いだ 鋭く・しぶとく「らしさ」全開
リングでいかに自分を表現するか。物静かな滝本誠(吉田道場)は悩んできた。総合格闘技に転じて3年目。柔道の五輪金メダリストの肩書きもリングでは通じず、右目奥の骨を折る苦労も味わった。だが8日の「PRIDE34」で10ヶ月ぶりの復帰戦を鮮やかに飾り「やっといい形で勝てた」と笑顔を見せた。彼らしい形で新しい戦い方のアピールに成功したからだ。
さいたまスーパーアリーナのリングに向かう滝本はこれまで通り、白の柔道着姿。だがリングで一礼すると帯をほどき黒のトランクスに。6戦目で初めて柔道着を脱いだ。「不安だったし、どこまで行けるのかと思った」
それまで2勝3敗と、あとがなくなっていた。試合前の会見で「本当に自分を表現したい」と言い切った。初のトランクスは覚悟の表れだった。
相手はクロアチアのゼルグ”弁慶”ガレシック。長い手足から強烈なパンチとキックを放つ。打撃よりも組んで勝負する滝本にとっては難敵だ。
中略
「チャンスがあればどんどん前に攻めていくと考えていた」。序盤で相手の実力を探り、攻め込まれても慌てずに得意の寝技でしとめる。勘のよさ、しぶとさ、鋭さ。そんな「たきもとらしさ」をたっぷりいんしょうづけた。
その興行を最後に主催のDSE社長を退いた榊原信行氏も「素晴らしい試合」とたたえた。
滝本は「これからが本当のスタート。今日みたいな試合を続けられるようにしたい」。心機一転、手ごたえをつかんだ。
省略した部分で「最初の寝技で相手のスタミナが切れていた」と瀧本は言っている。
柔道着を脱いだことは大きかった。
それまでも脱ぐかどうか迷い、結局は着用したまま試合にのぞんだ瀧本。でも、あの日はそんな心の弱さを、脱ぐことによって、気持ちの弱さも脱ぎ去った。
正直ここまで弁慶戦に懸けていたとは思ってもいなかったが、最初胴衣を脱いだ姿を見て何かを感じ取ったのも事実。
今までは気にも留めなかった、どちらかというとどうでもよい部類の選手だったが、あの日の瀧本の決意をしって、応援していこうと思っている。瀧本がいうとおり、ここからがスタートだ。
長崎市長銃撃 口元から血流れ…救急隊員、懸命の救護
伊藤氏の娘婿、長崎市長選に立候補を表明
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070418-00000111-yom-pol&kz=pol
こういうことは二度と起こって欲しくないですね。
さて、これらの事件も気になり先ほど昨日、今日の新聞を読んでいたところ、PRIDE.34での瀧本誠を取り上げた記事を見つけました。2007年4月17日(火)朝日新聞の夕刊のスポーツ欄から。

地上波が中止になってから最初の興行、無差別級GP2回戦(写真は吉田秀彦VSミルコ・クロコップ)や、その後もプロ格闘家としての吉田秀彦と柔道の関係など、朝日新聞は地味にPRIDE関連の記事をいくつか書いているんですよね。

こちらは無差別級2回戦の朝日新聞の記事です。
■滝本、柔道着脱いだ 鋭く・しぶとく「らしさ」全開
リングでいかに自分を表現するか。物静かな滝本誠(吉田道場)は悩んできた。総合格闘技に転じて3年目。柔道の五輪金メダリストの肩書きもリングでは通じず、右目奥の骨を折る苦労も味わった。だが8日の「PRIDE34」で10ヶ月ぶりの復帰戦を鮮やかに飾り「やっといい形で勝てた」と笑顔を見せた。彼らしい形で新しい戦い方のアピールに成功したからだ。
さいたまスーパーアリーナのリングに向かう滝本はこれまで通り、白の柔道着姿。だがリングで一礼すると帯をほどき黒のトランクスに。6戦目で初めて柔道着を脱いだ。「不安だったし、どこまで行けるのかと思った」
それまで2勝3敗と、あとがなくなっていた。試合前の会見で「本当に自分を表現したい」と言い切った。初のトランクスは覚悟の表れだった。
相手はクロアチアのゼルグ”弁慶”ガレシック。長い手足から強烈なパンチとキックを放つ。打撃よりも組んで勝負する滝本にとっては難敵だ。
中略
「チャンスがあればどんどん前に攻めていくと考えていた」。序盤で相手の実力を探り、攻め込まれても慌てずに得意の寝技でしとめる。勘のよさ、しぶとさ、鋭さ。そんな「たきもとらしさ」をたっぷりいんしょうづけた。
その興行を最後に主催のDSE社長を退いた榊原信行氏も「素晴らしい試合」とたたえた。
滝本は「これからが本当のスタート。今日みたいな試合を続けられるようにしたい」。心機一転、手ごたえをつかんだ。
省略した部分で「最初の寝技で相手のスタミナが切れていた」と瀧本は言っている。
柔道着を脱いだことは大きかった。
それまでも脱ぐかどうか迷い、結局は着用したまま試合にのぞんだ瀧本。でも、あの日はそんな心の弱さを、脱ぐことによって、気持ちの弱さも脱ぎ去った。
正直ここまで弁慶戦に懸けていたとは思ってもいなかったが、最初胴衣を脱いだ姿を見て何かを感じ取ったのも事実。
今までは気にも留めなかった、どちらかというとどうでもよい部類の選手だったが、あの日の瀧本の決意をしって、応援していこうと思っている。瀧本がいうとおり、ここからがスタートだ。
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