「1976年のアントニオ猪木」を読んで
2008.02.28. [18:06] 格闘技・プロレス | C:2 | | Edit
1976年のアントニオ猪木
と、プロレス暗黒の10年
を読みました。

オールアバウトでも紹介されている 「1976年のアントニオ猪木」は去年発売されたもので、1976年に行われた猪木の特別な4試合にスポットをあてて、現在の格闘界にどう繋がっていくのか、プロレス界にどういう影響があったのかが書かれている。
1976年に行われた従来のプロレスとは違う”特別な4試合”とは
(1) 2月6日 日本武道館で行われたウィリエム・ルスカ戦
(2) 6月26日 日本武道館で行われたモハメッド・アリ戦
(3) 10月9日&10日 韓国で行われたパク・ソンナン戦
(4) 12月12日に行われた カラチで行われたアクラム・ペールワン戦
この中でルスカ戦はあらかじめリハーサルがあったものの、残りの3選手とはリアルファイトを戦ったとされている。 「されている・・・」としているのは、これはアントニオ猪木について書かれてはいるものの、猪木自身にインタビューできず猪木の側近者だった新間寿氏やミスター高橋元レフェリー、ストロング小林・ビル・ロビンソン・クリス・ドールマンら当時の選手や記者の方々の証言を元にかかれたものだからである。
1976年以前の猪木から話は始まる。
本来対等な関係でいられるはずだったのに、どうしても越えられなかったジャイアント馬場という人物の存在。馬場、猪木の確執はなんとなく知ってはいたものの、当時をリアルで知っているわけではないので、そこまでの経緯をこの本でもう一度読み、日本のプロレス界における、ジャイアント馬場という絶対的存在を改めて認識させられた。
対戦相手のルスカやアリについても詳しく書かれており、彼らがどうして猪木と戦わなければいけなかったのか、その必然性が理解できた。
ただ、自分の中で印象に残ったのは、一般的には有名なアリ戦や、ルスカ戦でもなく、ソンナン戦とペールワン戦だ。
ソンナン戦は、以前ミスター高橋の本でも記述があった記憶があるんだが、当時のファイトを見ていないだけに、そこに書かれていた描写から非常に生々しい戦いという印象があった。見ていないだけに凄惨さだけが自分の中で肥大化していったのだ。
しかもルスカやアリと違いソンナンはプロレスラーだ。
ショーであるはずのプロレスラー同士の戦いで、今の格闘技でも禁止されている「目潰し」をしてまでもリアルファイトを仕掛けた猪木。
初戦はノーTV、ソウルで行われた2戦目は中継があったようだが、それだけに初戦は証言者の記憶も薄れていているからか証言の食い違いもあるようで、実際のところがどうだったか100%正確なものではないかもしれない。でも、細かいことはもうどうでもいいという気持ちにさせられるくらい異常な2試合である。
もうひとつのアクラム・ペールワン戦も中継があったにもかかわらず、猪木はカメラの死角をついて同じく目潰しをしている。これはNET(現・テレビ朝日)のカメラが1台しか持ち込まれていなかったのもあるが、著書では「カメラが何台あったところで、猪木がアクラムの目に指を入れる瞬間を捉えることはできなかったに違いない」と書かれている。
パキスタンという異国の地で、このように巧みに反則行為を行う猪木。
韓国でのソンナン戦も同様だ。いや、敵地だったからこそここまでやれたのかもしれない。
読んでいて猪木の”殺気”がリアルに伝わってくる。
違いは、ソンナン戦は自らリアルを仕掛け、ペールワン戦は逆に仕掛けられたということくらいか。
知ってはいけないものを知ってしまった、これと似たような印象をもったのは、1993年にアメリカで行われたUFCの出現である。プロレスファンの自分にとって、当時金網というと”デスマッチ”を意味した。
このUFCという大会には、ウェイン・シャムロック(現・ケン・シャムロック)やジェラルド・ゴルドーが参加したものの、二人ともホイス・グレイシーに敗れた。強いと思っていたプロレスラーのシャムロックがリアルファイトに挑み敗れていったときに感じた焦燥感。その後PRIDEでも経験させられるのだが、プロレスラーが総合に挑み敗れていく現実。
これから自分が知らなかった新たな世界を知ることになる、それはプロレス含め格闘というジャンルを追っている自分にとって嫌でも、突きつけられる残酷な現実をだという予感がした。踏み込んではいけない世界に踏み込まざるを得ないスリリングなものだった。
当時のUFCは今のUFCとは違い、まだルールも整備をされておらず、なんでもありの文字通り”バーリ・トゥード”である。
この本で書かれている猪木が行ったリアルファイトで感じた印象と、UFCが現れた時の印象、それが自分の中で重なっていることに気づかされた。それまでこのふたつを自分の中で直接結びつけたことはない。
あとがきにも書かれているが、自分も猪木に「ウィリエム・ルスカとのリハーサルの実際、モハメッド・アリとの試合がリアルファイトになるに至ったいきさつ、パク・ソンナンにリアルファイトを仕掛けた理由、逆にアクラム・ペールワンにリアルファイトを仕掛けられた時の心境、等々。」を直接聞いてみたい。でもそれは絶対に不可能だろうし、逆に猪木自身の口から語られていないからこそ、自分にとっては価値があるものなのかもしれない。
ベールに包まれているもの、その全てを引ん剥いて、丸裸にすることに対する抵抗感もある。
最後に、「1976年のアントニオ猪木」という本が何であるかという説明は、ハンセンの言葉がそれである。
「猪木が開拓した”ニッチ・マーケット”の異種格闘技者との対決は、現在アルティメット・ファイトという形になって大きなマーケットに成長しているが、その部分でも猪木の功績は大きかったと思う」
※記事幅がなくなってきたので、プロレス暗黒の10年は別エントリーで書くこととする。

オールアバウトでも紹介されている 「1976年のアントニオ猪木」は去年発売されたもので、1976年に行われた猪木の特別な4試合にスポットをあてて、現在の格闘界にどう繋がっていくのか、プロレス界にどういう影響があったのかが書かれている。
1976年に行われた従来のプロレスとは違う”特別な4試合”とは
(1) 2月6日 日本武道館で行われたウィリエム・ルスカ戦
(2) 6月26日 日本武道館で行われたモハメッド・アリ戦
(3) 10月9日&10日 韓国で行われたパク・ソンナン戦
(4) 12月12日に行われた カラチで行われたアクラム・ペールワン戦
この中でルスカ戦はあらかじめリハーサルがあったものの、残りの3選手とはリアルファイトを戦ったとされている。 「されている・・・」としているのは、これはアントニオ猪木について書かれてはいるものの、猪木自身にインタビューできず猪木の側近者だった新間寿氏やミスター高橋元レフェリー、ストロング小林・ビル・ロビンソン・クリス・ドールマンら当時の選手や記者の方々の証言を元にかかれたものだからである。
1976年以前の猪木から話は始まる。
本来対等な関係でいられるはずだったのに、どうしても越えられなかったジャイアント馬場という人物の存在。馬場、猪木の確執はなんとなく知ってはいたものの、当時をリアルで知っているわけではないので、そこまでの経緯をこの本でもう一度読み、日本のプロレス界における、ジャイアント馬場という絶対的存在を改めて認識させられた。
対戦相手のルスカやアリについても詳しく書かれており、彼らがどうして猪木と戦わなければいけなかったのか、その必然性が理解できた。
ただ、自分の中で印象に残ったのは、一般的には有名なアリ戦や、ルスカ戦でもなく、ソンナン戦とペールワン戦だ。
ソンナン戦は、以前ミスター高橋の本でも記述があった記憶があるんだが、当時のファイトを見ていないだけに、そこに書かれていた描写から非常に生々しい戦いという印象があった。見ていないだけに凄惨さだけが自分の中で肥大化していったのだ。
しかもルスカやアリと違いソンナンはプロレスラーだ。
ショーであるはずのプロレスラー同士の戦いで、今の格闘技でも禁止されている「目潰し」をしてまでもリアルファイトを仕掛けた猪木。
初戦はノーTV、ソウルで行われた2戦目は中継があったようだが、それだけに初戦は証言者の記憶も薄れていているからか証言の食い違いもあるようで、実際のところがどうだったか100%正確なものではないかもしれない。でも、細かいことはもうどうでもいいという気持ちにさせられるくらい異常な2試合である。
もうひとつのアクラム・ペールワン戦も中継があったにもかかわらず、猪木はカメラの死角をついて同じく目潰しをしている。これはNET(現・テレビ朝日)のカメラが1台しか持ち込まれていなかったのもあるが、著書では「カメラが何台あったところで、猪木がアクラムの目に指を入れる瞬間を捉えることはできなかったに違いない」と書かれている。
パキスタンという異国の地で、このように巧みに反則行為を行う猪木。
韓国でのソンナン戦も同様だ。いや、敵地だったからこそここまでやれたのかもしれない。
読んでいて猪木の”殺気”がリアルに伝わってくる。
違いは、ソンナン戦は自らリアルを仕掛け、ペールワン戦は逆に仕掛けられたということくらいか。
知ってはいけないものを知ってしまった、これと似たような印象をもったのは、1993年にアメリカで行われたUFCの出現である。プロレスファンの自分にとって、当時金網というと”デスマッチ”を意味した。
このUFCという大会には、ウェイン・シャムロック(現・ケン・シャムロック)やジェラルド・ゴルドーが参加したものの、二人ともホイス・グレイシーに敗れた。強いと思っていたプロレスラーのシャムロックがリアルファイトに挑み敗れていったときに感じた焦燥感。その後PRIDEでも経験させられるのだが、プロレスラーが総合に挑み敗れていく現実。
これから自分が知らなかった新たな世界を知ることになる、それはプロレス含め格闘というジャンルを追っている自分にとって嫌でも、突きつけられる残酷な現実をだという予感がした。踏み込んではいけない世界に踏み込まざるを得ないスリリングなものだった。
当時のUFCは今のUFCとは違い、まだルールも整備をされておらず、なんでもありの文字通り”バーリ・トゥード”である。
この本で書かれている猪木が行ったリアルファイトで感じた印象と、UFCが現れた時の印象、それが自分の中で重なっていることに気づかされた。それまでこのふたつを自分の中で直接結びつけたことはない。
あとがきにも書かれているが、自分も猪木に「ウィリエム・ルスカとのリハーサルの実際、モハメッド・アリとの試合がリアルファイトになるに至ったいきさつ、パク・ソンナンにリアルファイトを仕掛けた理由、逆にアクラム・ペールワンにリアルファイトを仕掛けられた時の心境、等々。」を直接聞いてみたい。でもそれは絶対に不可能だろうし、逆に猪木自身の口から語られていないからこそ、自分にとっては価値があるものなのかもしれない。
ベールに包まれているもの、その全てを引ん剥いて、丸裸にすることに対する抵抗感もある。
最後に、「1976年のアントニオ猪木」という本が何であるかという説明は、ハンセンの言葉がそれである。
「猪木が開拓した”ニッチ・マーケット”の異種格闘技者との対決は、現在アルティメット・ファイトという形になって大きなマーケットに成長しているが、その部分でも猪木の功績は大きかったと思う」
※記事幅がなくなってきたので、プロレス暗黒の10年は別エントリーで書くこととする。
